2020年、新型コロナウイルスの蔓延によって、私たちの生活は一変してしまいました。街を歩くときは他の人との距離を取ることを余儀なくされ、楽しい夜の会食や飲み会はひかえねばならず、気の合う友人との握手やハグさえできなくなりました。ついこの間までごく「当たり前」だったことが、不意に問い直しを迫られたのです。

そしてこの感染症がもたらす影響は、直接的な健康被害だけではありません。感染への不安の下で飛び交う憶測や、行動の抑制に振り回されることによる精神の病、危機意識の個人差からくる人間関係の軋轢など、今、世界中で様々な混乱が生まれています。 このパンデミックの収束に向けて、国や医学界は様々な対策を行っています。しかし私たち個人個人にできることもきっとあります。日常生活が大きく変わる機会だからこそ、ひとりひとりの立場で考え、社会の混乱を避けるためにできることは何か、探ってみたいと思います。

私は今年、念願かなって希望する大学に合格することが出来ました。でも新型コロナウイルスによるパンデミックのせいで登校は制限されています。新しい友達との新しい生活。想像していたキャンパスライフとは正反対の毎日です。この生活はいつまで続くのでしょうか。そして、いま私にできることがあるとしたら、それはどんなことなのでしょうか。何かヒントはないかと、過去のパンデミックについて調べてみました。検索してすぐに出てきたのが、中世ヨーロッパを襲ったペスト(黒死病)でした。欧州全体の人間、およそ三分の一を死に追いやった恐ろしい病気です。しかし恐ろしかったのは病気そのものだけではなかったようです。

当時、細菌が病の原因だと特定する術はありませんでした。そのため、魔女が毒を作ってばらまいているという噂が流布されたり、ある特定の人種の人々が井戸に毒を入れているのだと根拠のないウソを言う人がいたり、数々の悲しい弾圧や迫害が生まれました。[1-3]

また感染者が出た家にバツ印を書いてわかるようにする人々もいて、ただ病気になってしまったということだけで差別される事態も横行しました。新型コロナウィルスによるパンデミックで問題になった「自粛警察」や、感染者に対する根拠のない誹謗中傷と、どこか似ているように思えます。[4,5]

そのようなネガティヴな事が起こっていた半面、原因がわからないからこそ、試行錯誤しながら解決策を模索し実践していた事例もあったようです。 その一つがペストマスク。菌の存在がわからなかった当時、病気は瘴気(しょうき)、悪い空気を吸うからおきるのでは? と考えられていました。そこで鳥のくちばし風のマスクの中に香辛料を詰め、毒素を取り込まない工夫が生まれました。[6]

また玉葱の皮を剥いてボートに乗せ、川や運河に流すという策を取っていた人たちもいました。玉葱にペスト菌を殺す作用はありませんが、その匂いで、ペストを媒介していたネズミを避ける効果はあったそうです。このように科学が発達していなかった中世では、人々は自分にできる範囲の創意工夫によって危機を乗り越えようとしていたのです。[7,8]

ぺストが大流行した中世ヨーロッパでは、人類は感染症がなぜ生まれ、拡大、蔓延するのかを知る術がありませんでした。しかし19世紀、ロベルト・コッホというドイツ人医師により近代細菌学が確立され、ウイルスの存在も明らかになりました。「公衆衛生」という概念が生まれたのも感染拡大を防ぐ目的だったと言われています。感染症の悲劇を起こさないため、地域全体の衛生管理、人々の栄養状態の改善、科学教育の普及などが大切だと考えられるようになったのです。

現在は、新型コロナウイルスの原因がウイルスだとわかり、ワクチン開発や治療薬の開発が進み、感染ルートなどもある程度明らかになっています。しかし、それでもすべての不安が払拭されたと言えるでしょうか? 私には今でも、人々の精神に与える影響や社会の混乱は続いているように見えます。

製造元やメーカーが「品物が足りなくなることはありません!」と明確なメッセージを出しても、街ではマスクやトイレットペーパーなどの極端な品不足が起きました。ネット上などに現れる不適切な情報に振り回されて、買い占めに走らざるを得ない人々が出てしまったのでしょう。

 

こういった噂やデマの拡散によって混乱が広がることを、情報の感染という意味で「インフォデミック」と呼ぶそうです。

私たちが衛生に関して敏感になる中で、用途や効果の異なる薬品が似通ったパッケージで市場に出ることによって混乱もおこりました。私たち一般の市民も、医学や衛生に対する正しい知識を身に付ける必要性が問われているのかもしれません。

必ずしも高くない致死率、無自覚発症者の多発、長い潜伏期間といった特殊なウィルスとの共存状態のなか、私たちは無数の情報に晒されながら、情報の取捨選択と行動判断を迫られて、様々な矛盾や混乱を生み出しています。明らかに感染症のリスクを軽減するとわかっていても、政治的な思想や自己主張のために、マスクを捨てる人々がいるのも、そういった要因が根底にあるのではないでしょうか。

感染を抑えるためにステイホームや外食の自粛が求められました。しかし社会の構造として、すべての人が家の外に出ないでいられるわけではありません。農家の方々は食物を生産しなければなりませんし、それを運ぶ流通業の人々も外で移動する必要があります。さらに商品を私たちに渡してくれる小売店や飲食店で働く人々。いろいろ調べていると、これら市中のエッセンシャルワーカーと呼ばれる人々は、自らの感染リスクを抱えながら、私たちの社会を支えてくれていることがわかりました。

未だ収束しない新型コロナウイルスの感染拡大。起こっている課題を振り返ってみると、その全てが医学的なアプローチで解決できるわけではないように思えてきます。例えばインフォデミックについて考えてみると,これは通信技術の発達によって世界中と情報交換が可能になった私たち一人ひとりが冷静になることで解決していくべきことです。
複雑化した現代社会におけるパンデミックという事態は,個人の健康問題をはるかに超えた「社会全体の病気」とも呼べる現象なのかもしれません。
過去の歴史が繰り返されたように、いつかまたパンデミックによる同じような混乱は必ず起きるでしょう。そんな未来を見据えたとき、私に、私たちにできることはいったい何なのでしょう。

地球温暖化が動物の生態変化や環境汚染を招き、感染症の発生リスクはこれから益々高まるという話を耳にします。

 

情報社会がさらに進展していく未来、次のパンデミックがおきるときには、感染症以上の速度で不確かな情報による混乱や不安が広がってしまうかもしれません。また、飛び交う様々な意見や価値観の中から、経済再生を優先したい人と自粛の徹底を呼び掛ける人など、特定の対立ばかりに目を向けてしまえば、複雑化した社会を陰で支えている人たちにかかる大きな負担を見過ごすことになるかもしれません。

 

取り巻く情報がいっそう膨大で混沌としたものになっていくなか、私たちはパンデミックのリスクとどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

たとえば、リスクを「回避」するという手段があります。私の周囲でもステイホームをきっかけに料理に興味を持つ人が増えました。外食を控えることで感染予防を実現することは重要そうです。

 

一方で個々の事情でステイホームができない人々もいます。また、別の見方をすれば、ステイホームをすることで経済の活性度が落ち、それが巡り巡って社会保障に悪影響を与えるという可能性もあります。リスクの回避はしながらも、もたらされる影響も理解しておくことが大切です。

他には、リスクを「転嫁」するという手段があります。ステイホームの影響で、デリバリーサービスを利用するというのもその一つです。これは、私たちが外食によって感染するリスクが減ると同時に、食事を届けてもらうことで配達員や飲食店の人たちに一定のリスクを負担してもらっていることになります。リスクを転嫁することで自分は助かる代わりに、その結果を負ってくれる人たちがいるということ、少なくともその自覚を持って、感謝の心を忘れないことが大切だと思います。

リスクを「軽減」するという手段もあります。毎日自炊ができればいいけれど、様々な事情で難しい人も多いはずです。そんな中でも、ちゃんとガイドラインを守っているお店で、一人で食事を楽しむのであれば、通常の外食と比較してリスクを軽減することができます。どういった工夫をすればリスクを軽減できるのか、正しい医療知識を持つことで制約の中でも飲食店などの経済活動を支えることができます。

そして、リスクを「受容」するという選択肢もあります。気心の知れた仲間との間でなら、感染拡大以前のような形で食事をしたとしても、お互いにリスクを受け入れて楽しむ、という手段です。

 

危機的状況下でも息抜きは大切ですが、とはいえリスクを「受容」できるのは決まった相手との間のこと。経済活動を盾に感染症対策をおろそかにすることがあってはいけないし、リスクを「許容」した結果が巡り巡って経済にもダメージを与えうる可能性についてもよく知っておく必要がありそうです。

今後、私たち人類がパンデミックに対抗する術は、必ずしも一方向ではありません。たとえば経済と医療、どちらに舵を切っても、多くの反対意見が出るでしょう。立場の違う人々が、それぞれの価値観と判断軸で、自分たちにとってより良い対抗策を模索していくしかありません。

 

そのためには、見聞きした物事だけを信じるのではなく、幅広く情報を取り入れながら、自分は何を信じてどんな行動を選択するのか、その結果としてどのような影響がもたらされるのかを常に問い続けていく必要があります。

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