THREE-VALUE SIMULATOR Three-value simulator

研究の概要

■ 更新履歴

20210607 京都大学ニュースリリースに合わせ内容を更新(指標に二酸化炭素排出量を追加)
20210401 ページ公開

■ 背景

 グローバルな社会課題を解決すべく策定された持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)では、持続可能な開発を、社会、環境、経済の三つの価値の総合的なバランスを取りながら推進することが期待されています。そのため、自治体や企業では、その事業価値を社会、環境、経済の3つの側面において向上させていくことが求められています。具体的には、例えば二酸化炭素排出量指標などの環境価値や、事業利益指標などの経済価値、および地域の持続性指標やQoL指標などの社会価値を同時に考慮していく必要があります。上記達成のため、二酸化炭素排出量指標などの環境価値や、企業利益指標などの経済価値は客観的に定量化することは比較的容易です。その一方で社会価値は、格差や公平度といった客観的に算出できる指標のほかに、開発による地域文化の継続性や地域住民の意識の変化といった主観的側面を含む社会的インパクト評価も多く含まれます。ゆえに、社会価値の定量化は住民の方々の主観的側面も考慮していく必要があると考えられます。

■ 課題

 一方、多くの自治体や企業にとって、3つの側面でバランスのとれた事業ビジョンを具体化していく作業は困難です。例えば、図1に地域のエネルギービジョンを策定する際の課題を示しています。地域のエネルギービジョンでは、導入する発電設備の規模や種類からビジネスモデルまで幅広く考慮する必要があります。さらに、再生可能エネルギーの導入では、地域の気象条件や地理的特徴も考慮する必要があります。そしてビジョンを策定するためには、二酸化炭素排出量の削減、導入・維持にかかるコスト、地域経済への貢献度などのバランスを見ていく必要があります。コストをかけて全て再生可能エネルギーで賄えば環境価値は最大になりますが、経済的な採算性が悪化して地域経済が持続できないといった指標間のトレードオフが発生します。そのような複雑な指標を同時に検討することは非常に困難です。したがって、自治体や企業では、エネルギービジョンの策定に当たって、多様な指標群を定量的に可視化して比較検討することが非常に重要となります。さらには、地域の特色や景観といったコミュニティの意見などの社会的インパクトも今後は考えていく必要があります。

図1 課題の例(地域のエネルギービジョン策定)

■ 目的

 上記の背景を踏まえ、本共同研究では、環境・経済・社会という3側面のバランスがとれた持続可能な地域社会を実現するための政策立案を可能にするため、政策や事業の効果を多角的に予測するシミュレータ(シミュレーションのための計算ツール)を開発しました。本シミュレータを活用することにより、例えば地方自治体にとっては、客観的根拠に基づく政策立案や住民を含む地域の合意形成に役立てることができ、地域で事業を行う企業にとっては、自社のサービスや製品がどのくらい地域に貢献しているかを提示することで事業展開が容易になると期待されます。

図2 目的の概要 

■ 具体的な取り組み(社会実装)

 本研究の具体的な取り組みとして、いくつかの例を紹介します。

[自治体]
宮崎県高原町の例
(詳しくはこちら)

宮崎県高原町では、地域の自然エネルギーの利活用を題材に進めています。具体的には、地域にセンサを設置、そのデータを基にモデル化し、どのような自然エネルギーの設備やビジネスモデルが地域に合うかを、シミュレーションによって定量的に検証しています。

[地域企業]
地域企業様の例

地域企業様では、ビジネスと地域経済への貢献度の関係性について定量的に検証を進めています。ビジネスモデル等をパラメータとして、地域経済(域内分配率)の変動をシミュレーションによって定量的に予測しています。地域にとって地域企業の重要性を評価いたします。

■ 技術の概要

 本技術は、図3に示しているように1:「地域のデータを集める」、2:「計算する」、3:「結果を議論する」の三つのブロックから構成されております。

図3 多元価値シミュレーション技術の3つプロセス

1:「地域のデータを集める」(センシングやオープンデータの収集)
 このプロセスではシミュレーションに必要なデータを様々な方法で収集します。例えば、自然エネルギーの発電ポテンシャルに関するデータを集める場合では、以下があります。
  ・地域にセンサを設置(日射計など)
  ・地域の人たちでデータを収集(水流系など)
  ・オープンデータを収集(気温や降水量など)
  ・ほかの地域のデータで代用
また、ビジネスモデルに関するデータを集める場合では、以下があります。
  ・市場価格の調査(価格など)
  ・ヒアリングやインタビュー(地域の人と雇用割合など)
また、住民の方の意識や価値観に関するデータを集める場合では、アンケートなどを利用します。必要に応じてIoT技術や従来の調査方法などを混ぜて、さまざまな取得手段によりデータを収集します。

2:「計算する」(計算モデルの構築とシミュレーション)
 このプロセスは、収集したデータなどをもとに、計算のための模型(モデル)を構築し、さまざまな施策をシミュレーションして施策の効果を予測します。モデルの作成では、地域の企業や世帯、または発電設備などを、それぞれをモデル化します。例えば、太陽光発電設備などの施工企業では、部材を購入し、それを地域の人に販売する、その場合の原価や販売価格、または人件費や利益といった経営をモデル化していきます。また、自然エネルギーの発電設備では、太陽光などを入力として電気を出力、さらに設備の導入、メンテナンスコストや耐用年数などといった情報がモデル化されます。そして、それらの個々のモジュール(このモジュールをエージェントとも呼びます)を、地域や施策に合わせて繋いでいきます。繋ぐのは、お金の流れであったり、電気の流れであったり、取引といった関係性のあるエージェント間です。 このようにエージェントをつないだ全体のモデル(地域のモデル)をもとに様々な施策をシミュレーションしてきます。例えば、発電設備の大きさを変えた場合には、導入コストが変わり、関係性のある施工業者エージェントの費用や利益も変わります。一方で、発電量も変化し、電気代や売電益などにも影響を及ぼします。このように施策の影響を、広範囲に検証し、地域全体の経済や環境、社会のインパクトを予測します。

[CO2排出量指標の追加](2021年5月update)
 宮崎県高原町での実証研究を踏まえて2019年に公表したシミュレータに、2021年5月、新たに二酸化炭素(CO2)排出量の指標を追加しました。発電そのものや設備導入(設置工事、メンテナンスなど)に掛かる二酸化炭素量[CO2-kg]の係数(例えば電力量[kWh]あたりの排出量の係数)を、発電設備の規模や運用ごとに設定する機能を追加し、さまざまな施策に対してCO2排出量を定量化することができます。指標は必要に応じて追加をしていきます。

[計算モデルの各地域への展開の容易化](2021年5月update)
 また、計算モデルの作成において、複数の地域への展開を容易化するため、地域の企業、世帯、発電設備などの分割単位でモジュール化しました。異なる地域、異なる事業形態をシミュレーションする場合には、モジュールを入れ替えたり、組み合わせたりすることで対応し、モジュール間はモノ、電気、お金の流れなどで繋いでいきます(一般にエージェントベースシミュレーションと呼ばれます)。 例えば、ある地域において太陽光発電の地産地消のケースを考える場合には、太陽光発電設備、施工業者、契約世帯、自家発電量不足時のための電力会社などのモジュールを組み合わせて、複数の指標を算出します。地域新電力会社のケースを考える場合には、会社、電力入荷先の電力市場、地域内の再エネ設備、契約世帯、場合によっては電力需給事業の委託先といったモジュールを組み合わせます。また、モジュール毎に複数のパラメータを設定できるため、例えば施工企業モデルでは、部材の購入費用、販売価格、人件費、利益といった様々な要因について検討することが可能です。現在は、再生可能エネルギーに関連するモジュールに注力していますが、モジュールを新規に追加していくことでモビリティ、ライフ、インダストリーなど幅広い事業分野への展開が可能になると考えられます。

図4 計算モデルのモジュール化による他地域への展開容易化

3:「議論する」(結果の可視化や合意形成支援)
 このプロセスでは上記2の結果から施策を決定していきます。上記2の計算結果は数万パターンに上ります。その中から適切な施策を探し出すのは難しいですが、例えば、各指標に従ってランキング表示で可視化する方法があります。それぞれの指標のランキング上位の施策は異なりますが、どのような施策が、どの指標に影響を与えやすいかなどが見て取れます。また、結果の可視化などに関しては現在研究中の内容です。 このように、結果を可視化、議論をすることで、地域によってよりよい施策を見出していければと考えています。

 持続可能な地域社会の実現に向けて自治体や企業が政策を検討していく際には、検討すべき指標が多くあるうえ、すべての指標が最善となる政策がなく、どの指標に優先順位を与えるかの判断が重要になります。そしてそれらは地域ごとに異なり、指標数も多いため、人手で対応するには限界がありました。今回開発した本シミュレータを用いることで、各政策における各指標の変化を定量的に比較することが可能になるうえ、住民やステークホルダー間での情報共有も容易となり、地域にとってより適切な政策を選択できるようになることが期待されます。

取り組み:宮崎県高原町の例

図 Ex1-1 高原町の風景

 宮崎県西諸県郡高原町は県南西部に位置し、天孫降臨の高千穂に臨む自然豊かな美しい町ます。日立京大ラボでは、京都大学と共に2018年1月より地域の皆様とこの町の社会課題解決に向けた活動を行っています。2019年10月には高原町が主体となって、地域住民の方々、京都大学、日立等と「たかはる自然エネルギー利用推進協議会」を発足しました。本協議会では、地域活性化を目的とした自然エネルギーの利活用の仕方を協議しております。自然エネルギーの利活用といっても、その手段は幅広くあります。例えば、シンプルに自分で発電設備を設置し自分で消費とするやり方、またそのような自家消費をある一定のコミュニティでするやり方から、また地域新電力など大きな仕掛けまであります。さらに、どの仕組みにおいても、結局地域にとってどれくらい良くなるのか、また住民の方々が負担を被ることはないのか、運営団体が経済的に破綻しないのかなども合わせて検討していかなければなりません。よって、利活用と一言で言っても、その仕組みを単純に決めることができません。このような背景のもと宮崎県高原町では、多元価値シミュレーション技術によって様々な観点での価値を定量的に評価し、地域のより良い未来を目指した建設的な議論の支援を目指しております。

■ 再生可能エネルギー利活用による多元的価値の予測

 多元価値シミュレーション(Three-value assessment tool)を用いて、高原町の自然エネルギー利活用による地域へのインパクトを予測しています。具体的には、再生可能エネルギー(主に太陽光発電設備、農業用水等に設置される小規模な水力発電設備を想定)の導入によるCO2排出量の増減に関して評価を行っています。1~3のプロセスに沿って取り組みを説明します。

 1: 高原町では、再生可能エネルギーの利活用についての評価であるため、センサは太陽光発電ポテンシャル計測のための日射計、小水力発電ポテンシャル計測のための水位計や水流計、また消費電力側の計測として世帯への電力測定センサが主です。これ以外にも、エネルギー全般として交通量の調査、また地域経済志向として家計調査なども実施しております。基本的にはデータは1年分取得します(足りない箇所はオープンデータなどから推定します)。

図 Ex1-2 センサおよび設置個所の例

 2: シミュレーションでは図Ex1-3のように各エージェント間をつないでいきます。自然エネルギー利活用が主題のため、エネルギー、お金、モノの流れが主なエージェント間の関係性になります。高原町では、太陽光発電設備の規模、小水力発電設備(主に農業用水利用の小規模(数kW/一機)の設備)の規模、蓄電池などを変数として、20000パタンのシミュレーションを実行しました。需要側の世帯数は100世帯を想定しています。

 3: 計算結果は数が多いため4つの指標によるランキング形式で可視化しました(図Ex1-4)。4つの指標とは、①地域の持続性に関連する域内分配率*1、②災害時などでの地域での電力の自給に資する再生可能エネルギー自給率、③CO2排出量*3、④導入等にかかるコストです。ランキングでは、有意差を分かりやすく示すため、2万パターンのうち1位、10位、20位、30位、40位、50位の上位6施策を表示しています。

 *1 域内分配率とは、ある投資額のうち域内に投資する額の割合を示す。例えば、太陽光発電設備の導入・設置に掛かる域内分配率は、太陽光パネル、パワーコンディショナー、ケーブル、設置工事に掛かる人件費、設置企業の利益などの各費用の支払い先が、域内企業(域内雇用者)か域外企業(域外雇用者)かを見積もり、導入設置の全体の費用のうちの域内に支払われる費用の割合を算出することで得られる。
 *2 自給率では、エネルギー源に応じて発電量の時間変動が異なるため、1時間単位で需給計算をしている。太陽光は昼夜などの時間単位で変化が大きいエネルギー源である一方、水力は季節変動が非常に大きい(地域に依存するが、梅雨時期から1か月後などに最大値をとり、冬季に最小値をとる)。
 *3 CO2排出量は、オープンデータとして公開されている電力事業者のkg-CO2/kWhの係数(例えば4.5)や、論文等で記載される導入にかかるkg-CO2などをベースに算出している。係数自体はパラメータ化されているため、任意に変更可能。再生可能エネルギー自体のCO2排出量は0としているため、域外の電気事業者から購入している電力を域内の再生可能エネルギーに変更すると、転換した電力量や導入した設備規模に応じてCO2排出量は増減する。
 *4 コストでは、導入にかかる総費用を耐用月数で除算し、一か月単位当たりのコストととらえて計算している。費用に関しては部材費や施工にかかる人件費(施工一回当たりに換算)や必要に応じて施工業者の利益分なども考慮する。また、細かいパラメータ設定はせず、おおよその一台当たりの費用をパラメータとして算出も可能である。

図 Ex1-3 地域のモデルの例

 各ランキングの内訳を見ると、

 ① 域内分配率で上位に来る施策は、小水力発電設備が比較的多めの施策に対応しています。これは、小水力発電設備が太陽光発電設備と比較して土木工事などの設置工事費用が多い一方で、施工事業者が域内にいるため工事費用が地域への再投資に還流するためです。太陽光発電設備は、概ね域外から調達されるため、域内への再投資が増えません。
 
 ② 再エネ自給率で良好なのは、蓄電池設備が多めで、なおかつ太陽光発電設備に比重を置いた施策です。太陽光発電設備を日中に発電し、それを蓄電池に貯め、夜間に利用するケースが自給率の観点では有効であることがわかります。
 
 ③ CO2排出量の観点では、太陽光発電、小水力、蓄電池等バランスの取れた施策が上位にきています。今回、設備導入に掛かる排出量も勘案しているため、日中の電力量に寄与できる太陽光、土木工事が必要だが定常的に発電できる小水力など、それぞれの長所短所が補い合っていると考えられます。
 
 ④ コストの観点からは、小規模設備を導入する施策がランキングの上位にあり、電力が足りない場合には域外から電力を購入する方がよいことがわかります。

 図Ex1-5にランキング1位の施策における4つの指標の比率を示します。ある指標に関する1位の施策において、円グラフの面積が大きい指標は面積の小さい指標より「良い」ことを表します。域内分配率1位の施策では、域内分配率と再エネ自給率を優先する施策が「良い」施策ですが、CO2排出量やコストの観点では「悪い」施策となる可能性があります。カーボンニュートラルの観点で、CO2排出量に対するランキング1位の施策を見ると、コストと域内分配率の指標が比較的悪い施策となっていることを示しています。すなわち、単純にどれか1つの指標だけに着目して最適化を行うと、別の指標が悪化し結果的に持続可能性が下がってしまう危険性をはらんでいると考えられます。ランキング上位に来る施策は着目する指標によって異なるため、地域の特徴などに応じて多元的な指標を考慮しながら適切な施策を選択していく必要があります。これらの施策はどれも悪い施策ではありません。ただどの指標を重視するかが変わっただけです。よって、施策を選択していくためには地域の価値観なども必要になってくると考えれます。

図 Ex1-4 シミュレーション結果の解析の例
図 Ex1-5 各ランキング1位の施策における、4つの指標間の重み

 その多数の施策候補の中で一部の施策を図Ex1-6に示しています。ここでは、再生可能エネルギーを導入していない状態(現在)と、経済重視案(コストが低い案)、環境重視案(域内の再生可能エネルギー利用率が高い案)、そしてその折衷案とを地域の持続性(域内分配率の高い案)の観点で比較しています。その結果、本地域においては経済と環境および社会(地域の持続性)がうまくバランスする案があることが定量的にわかります。

図 Ex1-6 エネルギー地産地消と経済効果

活動紹介動画

 現在メンテナンス中。近日中に公開予定です。